■スーパー研究■
前回の高級スーパーに出鼻をくじかれた私は、スーパーの研究に躍起になっている。
前回がホーチミンの紀伊國屋ならば、今回は絶対に「いなげや」を探さなければならない。
(これ私の育った環境の中では安いスーパーの類いね)
ホーチミンで安いローカルスーパーとなると色々心配なのは確かだが、背に腹は変えられない。
何事も挑戦だ。
ありがたいことに、駐在妻の先駆者たちはスーパーについての情報もかなり詳細に残してくれているので、私はその屍を超えていくだけだ。
ネットサーフィンを小一時間行い、目的地を「コープマート」というところに決定。
得意のタクシーを走らせる。
そういえば、初期のタクシーの押し問答を経て、「grab」というタクシー利用が最高に楽になる神アプリを手に入れていた。
日本でいうところの「Uber」だ。
クレジットカードを登録し、出発点と終着点を入力したら、あとはタクシーが来るのを待つだけ。
運転手との会話はゼロで済む。
支払いも勝手に終わっているので、まるで専属運転手がついた芸能人の気分になる。
初日の発音練習もただの茶番だったのだ。
コープマートにつくと、前回の紀伊國屋にはない雑然とした庶民感が迎えてくれた。
(なんかホッとする)
紀伊國屋でゾンビになりかけた私は生き返った。
入り口の警備員がタピオカジュースを飲んでむせている時点で、
カートがアホみたいにデカい時点で、
外国人の買い物客があまりいない時点で、
不思議と値段には安心感が持てた。
重たいカートに翻弄されながら回遊を始める。
ドンキホーテの通路をちょっと広くしたくらいの幅なので、デカいカート同士が頻繁にぶつかり合う。
「あ、あれ取り忘れた!」と気づいても基本的に通路は一方通行で、柱の影にカートを置いて取りに行かねばならいこともしばしば。
そしてふと気づく。
地元客の8割のカートの中に、たくさんの野菜と一緒に子供が入れられていることを。
頭の中で呟く。
「人参、玉ねぎ、きゅうり、子供。(小3)」
「パクチー、香草、卵、子供。(2歳)」
もともと人間観察が好きな私は他人が何を買っているのか目で追ってしまうのだが、
絶対に自分の足で歩ける歳の子供も野菜と一緒に詰め込まれている様がなかなかシュールで気に入った。
何度も野菜の隣に並べられた子供達と目が合う。
(みんな死んだ魚の目をしているな・・・)
そうこうしているうちに自分も野菜売り場に到着。
予想はしていたが、野菜は全体的にちょっと顔色が悪い。
会社にこの顔色の後輩がいたら、一旦家に帰らせるかな、と思う。
ただ種類は断然豊富で、地元の人が通うだけあり香草などのベトナムらしい野菜も多く売られている。
値段はやはり安い。玉ねぎが3個で60円。ねぎが1本25円。
(神様ありがとう・・・)
貧乏系駐在妻は恍惚の表情で買い物をしている。
少し肌艶のいいキャベツがいたので手にとってカートに入れようとする。
手が止まる。
小指くらいのナメクジと目があった。
「Oh・・・」
新鮮ていう証拠かな、と一瞬ポジティブに変換してみるも、自分でこいつを除ける作業をしたくないな、と思い他のキャベツを探す。
ベトナムの野菜売り場は、日本のシステムとは少々違う。
紀伊國屋だろうが いなげや だろうが、必ず量り売り担当のスタッフが一人おり、
たとえばパクチーが1束にまとめられて売られていても、一旦そのスタッフに値札シールを貼ってもらわないと最終レジが通せないのだ。
先駆者たちの屍を超える私はそんな凡ミスはしない。
しっかりシールを貼ってもらい、肉売り場に進む。
肉売り場に到着。
2秒で退散。匂いがダメだった。
海鮮・精肉売り場に漂う独特の匂い。日本のそれよりもどこか異質で強烈だった。
肉達の顔色は押し並べて悪い。学校だったら学級閉鎖レベルだ。
地元の人たちは、その精肉売り場に並んだ惣菜売り場の前で、昼食をとっている。
(すごい。私がここまで強くなる日は来るのだろうか)
他にもメモしてきた買い物リストを元に色々探し回るのだが、文字が読めないだけでこんなにも時間がかかるものかとヤキモキした。
醤油一つとっても、これは魚醤なのかちょっと違うものなのかも見分けがつかない。
Google翻訳という便利なアプリを使ってもなお怪奇文書になるからラチが明かない。
そもそもグーグル先生は、ベトナム語をそのままカタカナに変換してくるから腹が立つ。
質問したらおうむ返しされた気分だ。
日本だったら30分で終わるほどの買い物も1時間以上かかるのだから、レジに並ぶ頃にはなんだかちょっと疲れていた。
程なく自分の順番が回ってきて、気の優しそうなおばさんが軽快なリズムで商品をレジに通す。
すると私に何かを言ってきた。
ベトナム語だ。
さっぱりわからなくて申し訳ない気持ちになる。
困り顔をしていると、呆れた顔でネットに入った玉ねぎとライムを警備員に渡す。
レジが止まる。
後ろに並んでいた若いお姉さんが直視してくる。
警備員が走って柱についていた電話で何か話している。
レジが止まる。
お姉さんが私を下から上へ舐めるように見てくる。
警備員がレジの向こうの小太りのおじさんに玉ねぎとライムを渡す。
レジが止まる。
お姉さんが綺麗な貧乏ゆすりを始める。
(これ、やっちゃったな!)
開き直ることにする。
そう。野菜売り場の量り売りスタッフにシールを貼ってもらったつもりでいたのだが、
ネットに入っている野菜にもシールをもらわなければいけなかったのだ。
日本ではネットに入っていたらそれにはバーコードがついているものだから完全に安心していた。
(見事なトラップだ!)
そろそろお姉さんの視線が痛いので斜め上を見上げて直立して待つことにした。
(ベトナム人て仕事中に全力で歌ったりタピオカ飲んだり、結構のんびりしてる様子なのにここはイラつくんだな〜・・・)
その時間は長かった。
スタッフがシールを2枚持ってゆっくりと歩いてきたのが見え、僭越ながら「走れ!!」と心のなかで叫ぶ。
「シンロ〜イ(ごめ〜ん)」
お姉さんとレジのおばさんに謝り、何とか買い物を終了。
ゴール前で思わぬ小石につまづいたが、前回よりは満足のいく買い物ができた。
「肉以外はここで買えるとして、あとは肉・魚をどうするかだな〜。一箇所で買い物が終わらないの、面倒だな〜」
時間は山ほどあるくせに家事は効率的にやりたいタイプなので、そんなことを不満に思いながら無言でタクシーに乗るのだった。