■スーパーが戦場■
携帯電話が街中で使えるようになった私は完全にワンアップしている。
タクシーで少しくらい言葉が通じなくてもナビアプリが使えるからなんとかなる。
もう怖いものはなかった。
そして向かうはスーパーマーケット。
今朝、私の「お買い物ヴァージン」をどこのスーパーに委ねようか迷っていたら、
1年ホーチミンに住んですっかりベテランの旦那様が
「サイゴンセンターの地下だったら食材も安心なんじゃない?」
とアドバイスをくれたことを思い出す。
タクシーに乗り込み、運転手に伝える。
「シンチャオ(こんにちは)!サイゴンセンター!」
今朝あれだけ練習した「トイ ムォン ディー デン」を華麗にパス。
前回のタクシーの運転手の塩対応が、思いの外地味なボディーブローになっていたらしい。
(伝え方にこだわるな、伝わればいい)
自分に言い聞かせて移動する。
(駐在妻の先人たちはこうして皆、引っ越して1日そこそこで慣れない外に一人で出て買い物して、勝手の悪いキッチンで料理してきたんだな…。)
当たり前なんだけど、なんとなく心の準備が足りてなかったような気持ちになる。
サイゴンセンターに到着。
サイゴンセンターは高島屋と併設しており、ハイブランドやコスメブランドが多く並ぶため、ベトナムなりの高級感が漂う。
しかしウィンドーショッピングは一切せず、空腹感を感じながら地下へ向かう。
チャリのカゴみたいにお上品なサイズのカートを手にし、回り始める。
売り場面積はそこまで大きくはないが、全ての食品にオーガニック感がある。
(あ〜、ベトナムの成城石井的な雰囲気ね。ネットには紀伊國屋って書いてあったな。紀伊國屋行ったことないからわからんわ。)
まずは生鮮コーナー。野菜買わないと始まらない。
「…直接生えてる…。もぐの?もいでいいの?1束の量、少なくない?」
「あ、ジャガイモあった。…あ、違う…何これ?ジャガイモのブドウ?いやブドウのジャガイモ?プニプニしてる…。まず野菜?果物?どっち?」
早速の先制パンチ。普通に野菜が買えない。
これがベトナムでは親しまれている食材なのか、紀伊國屋の癖の強さなのかもわからない。
アボカドだって3種類ある…。
一旦野菜を見送り肉や魚を見に行こう。
今日のところは、食材からいただくインスピレーションで献立を決めようと思っていたので(1回言ってみたかっただけ)、
豚のブロック肉を見て角煮だったら作れそうだと購入を決定。
「チョートイカイナイ(これください)」
「Ha?」
「…。ディス、プリーズ」
でた。Ha?
ベトナム語の発音に自信がないため、いつもの声量の半分にもなっていない。
(「Ha?」て地味に傷つくからやめてもらえないかな。。)
ブツブツ心で呟きながらお豚様を受け取る。
調味料も足りてないもんな。
日本から大量の調味料を発送していたが、まだまだ届きそうもないので紀伊國屋で調達してやろうと探索。
調味料コーナーに行くと日本の調味料が立ち並ぶ。
急に安心感に包まれて吸い寄せられるが、値段を見て後ずさり。
だいたい日本で買う2倍はしてる…!!
日本の米も2Kgで約1500円。
ベトナムの市場は日本の200分の1の相場なのだから、この値段は家計にとってダメージがでかい。
その後も手に取るもの手に取るものがバカ高いことに気づいた私は、
カゴの中に唯一収まっていたお豚様を再び手に取り、そういえば値段見てなかったな…と値札シールを確かめる。
「た…高い…!!」
ゾンビ映画で、恐怖の中 友達を見つけ安堵に包まれながら駆け寄って行ったら 友達もゾンビになっていることがわかった瞬間の顔をしていたと思う。
ここに私の相手はいないとわかった後は、角煮と副菜を作る最低限の材料をなんとかピックアップして足早になる。
(もういい!今日は副菜も1品で許してくれ!)
無事にレジを抜けると、放心状態になった。
「高かった…高かった…旦那よ…どこの富裕層になったんだ…」
帰宅後、わずかに買った食材で最低限作った質素な夕飯を並べる。
…囚人のご飯ですか?
「135番!食事だ!15分で食え!」そんな声が聞こえきそうだ。
備え付けの食器は全部白。色気もへったくれもない。盛り付けにもやる気が起きない。
料理を作るにもまな板はチーズボードみたいに小さいし、
ザルはあるのにボウルはないし、
鍋はめちゃくちゃあるのにフライパンは一つもないし、
料理中の私は完全にランボーと化していた。
旦那様もお帰りになり、テレビに目をやりながら角煮をつまむ。
「うまい!」
「よかった」
「この豚ベトナム産?」
「あーごめんわかんないけど、ベトナムで買ったからその可能性もあるのかなー?」
「・・・」(テレビに目をやったまま箸が止まる)
・・・
・・・
ランボーの旦那はベトナムに1年住むが、美味しいベトナム料理店を一つも知らないくらい、ベトナムの料理や食材が不潔で嫌いらしい。
だがランボーから覇気が出ていたのだろう。
旦那様は長いこと副菜に向けて伸ばしていた手を再びゆっくりと角煮に戻し、そのまましばらく無言で角煮を咀嚼するのでした。
貧乏系駐在妻としてはまだまだ改善の余地があるようだ。