■冒険と出会い■
出会ってしまった。
出会ってしまったのだ。
それは、やっと日本から送った引っ越しの荷物が届いた日の午後のこと。
2週間近く空っぽだった棚に、大量の調味料や料理道具・美容品をしまい、部屋を全面掃除した私は晴れ晴れとした気分だった。
「これでやっと人間らしい生活ができる!」
この2週間、必要最低限の物資で暮らしてきたのだから、今日からは心の充実度が違う。
お腹減った・・・
調味料は揃っても、昼食を作るのが面倒になっていた私は
某ドラマの主人公になった気持ちで1人で外食に出ることを決めた。
心の中には、このドラマの主人公が「腹が減った・・・」というセリフを発した後に流れるお決まりのBGMが流れている。
※もしこのドラマを見たことがない人がいれば是非この機会に一度「孤独のグルメ」を見ていただきたい。ただ、私も別段ファンではない。
この後の3連休に、以前勤めていた会社の後輩が観光をしに来る予定だったので、
行きたいお店のリストはかなり溜めてあった。
そのリストの中から、徒歩で行けて、かつローカルっぽい店を選ぶ。
貧乏系駐在妻は高い食事にシビアである。
人が汗水垂らして働いたお金で娯楽を楽しむということに、抵抗感を感じてしまうのだ。
「お金のことは気にしないで良いから、気を使って家に引きこもらなくて良いよ。人生を楽しんで欲しい」
先日言われて衝撃が走った、「旦那様史上最高の“甲斐性のある言葉”」を都合よく思い出し、このお出かけを正当化する。
(ただの野球少年かと思っていたけれど、ちゃんと一家の主人になろうとしてるのか。)
ちなみに念の為言っておくと、彼はこの格好いいセリフをかなりキメ顔で言い放ったが、家計管理は一切しようとしてこないので貧乏系駐妻が必死にレシートと家計簿と向き合っている。鵜呑みにしたら負けである。
私が住む場所はありがたいことにベトナムの富裕層が住むゾーンなので、道は広く舗装され、凹凸のない道路が続くが、
このエリアを出ると風景は一気に「ザ・ホーチミン」になる。
ホーチミンは基本的に歩道が高く、車道との差は日本のそれの2倍くらいある。
幅も狭い。
レンガみたいなもので見た目をおしゃれにしようとしてくれているのだが、目が荒くてガタガタしている。
よってベビーカーや車いすという文化は発達しない。
スマホを見ながら歩くのも危険で、下を見ずに歩くことは困難である。
この日も暑さに顔をしかめながら、頭に入れた地図を頼りにトボトボと歩く。
経済成長を緩やかに続けるホーチミンは建設中の工事現場も非常に多いのだが、毎日1〜2回発生するスコールの影響で沼みたいに広大な水たまりができている。
そこにゴミが勝手に放り込まれるのだから、ただ道を歩くだけでもバッドなスメルが漂ってくることもしばしば。
(私の住んでいるマンションもこんな感じの土地から作ったんだよな・・・いつか崩れそう)
そして2分に1回、路上で何かを販売している人に出くわす。
今日は金魚を売っているおじさんを見つけた。
日本でいうところの「金魚すくいで金魚をすくったあと袋に入れてくれた状態」の金魚が、自転車の後部に建てられた物干し竿に30個くらい吊るされている。
どれも金魚がでかく、袋の中でひしめき合っている。
すくう楽しみは割愛された金魚。
(ベトナム語が話せるようになったら、この商売を始めたきっかけをインタビューしたい)
心からそう思う。
店までの道はたったの15分。
それでも横をビュンビュンと通り抜ける大量のバイクや車が空気を悪くしていて、
知らないうちに息を止めて歩いていたことに気づく。
店につくと綺麗なワイシャツを着たおじさんがドアを開けてくれた。
「シンチャオ」
素敵な笑顔だ。
するとメニューを持ってきたお姉さんが非常に流暢な英語で話しかけてくる。
(あれ?ローカル感少なめだ。失敗したな。)
できれば「汚な美味いローカル店」を見つけたい私は、店員が英語を話せる時点で判定はアウト。
周りを見ればフランス人家族がたくさんの料理を楽しみつつココナッツジュースなんか飲んでしまっている。
(観光地化されてた店だったのか〜。次回はもっと地元の人が多い店に行きたいな)
ブツブツ言いながらメニュー表に目を落とす。
日本語が書いてあるから白目をむいた。
アウト中のアウトだ。
なんの勉強にも冒険にもならないじゃないか。
適当に指をさし、数々の失敗を経て完成された「これください」を披露。
店内も落ち着いた雰囲気で、始めから用意されていた皿もベトナムの伝統食器「バッチャン焼き」でとてもおしゃれだった。
そして運ばれてきた食事。
これがブンチャーとの出会いだった。
ベトナムではフォーが主流だと思うのだが、私はこれからベトナムにくる人には俄然こちらを薦めたい。
米の麺ではあるが、素麺に近い細麺と、甘辛く香ばしく焼かれた豚肉、野菜、ナッツやフライドオニオンを、ベトナムお得意の少し甘いさっぱりとしたソースで食べる一品。
本来はつけ麺の形の料理だが、ここはワンプレートに収まって出てきたのでまぜそばの要領で食べる。
その食材全部の絶妙な足し算に、思わず頭の中で食レポしてしまう。
食べ物を食べて心から感動するのは日本では少なくなってしまっていたので
新しい料理との出会いに1人でテンションが上がっていた。
(ひゃ〜おいしい〜〜ナイス発見!)
実はその時、それがブンチャーという名前の料理であることすら知らず、
写真で見て一番ローカル料理ぽかったので注文をしただけだったが、本当に運が良かったと思っている。
お姉さんに英語で勧められるがままに頼んだジャスミンティーは、何度鼻で息を吐いてもジャスミンの要素は全く香らなかったが、
大きなコップ3杯分のジャスミンティーとブンチャーで合わせても650円いかない。
高くはないのでまあよしとしよう。
こういう発見は外に出ない限り生まれないな。
やっぱりアルバイトくらいしたいものだな。
そう思いながら汗だくで帰るのだった。